通訳者はスピーカーに「憑依」するー通訳という仕事の醍醐味と難しさ一

37.通訳者はスピーカーに「憑依」するー通訳という仕事の醍醐味と難しさ一

通訳とは、常に「他人の言葉」を話す仕事です。
自分が考えたことを、自分の言葉で話しているのではありません。
スピーカーが考えていること、伝えたいことを理解し、それを別の言語で表現する仕事です。

通訳をしていると、時々あたかもその人に「憑依」している感覚になることがあります。
特に、同じスピーカーと長期間一緒に仕事をしていると、話す内容だけではなく、その人の考え方、話の組み立て方、仕事の進め方までが自然と自分の中に入ってきます。
そういう意味では、通訳者はスピーカーの思考を一旦自分の中に取り込み、自分の声を使って再現していると言えます。
これは通訳という仕事の非常に面白い特性です。

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優れたプロフェッショナルに「憑依」できる

運次第ですが、スピーカーが優秀なプロフェッショナルで、人間的にも尊敬できる人である場合、通訳者は大きな恩恵を受けます。

なぜなら、通訳者はその人の口であり、耳になる存在だからです。
その人が何を考え、どのような情報をもとに判断し、どのように相手を説得するのか。
それを隣で見ているだけではなく、その人になりきって、その人の言葉を自分自身の口から発し続けることになります。
言ってみれば、優れたプロフェッショナルの仕事を逐一シミュレーションしているようなものです。

仕事でもスポーツでも芸術でも、「できる人の真似をしろ」とよく言われます。
通訳の場合は、単に真似をするどころか、その人と同期しているレベルです。
また、通訳という職業柄、社会的地位の高い人や、組織で大きな責任を担っている人の通訳をする機会が比較的多いです。

一流の経営者や専門家の思考を自分自身の中で追体験できる。
こういう経験ができる職業は、そう多くありません。

同期してしまうからこそのデメリット

一方、この同期するという性質は、そのままデメリットにもなります。
スピーカーがプロフェッショナルでなく、人間的にも尊敬できない場合です。

例えば、会議の進め方が支離滅裂で、論点も整理されず、延々と話すものの、何も決まらない。
そのような会議でも、通訳者は話されたことを通訳する義務があります。
長時間の会議で、自分としては極めて良いパフォーマンスができて、しっかり通訳できたとしても、会議そのものに生産性がなければ、不思議なことに通訳者は達成感を得られないのです。

また、スピーカーが人間的に尊敬できない人の場合、その人と一緒に仕事をすること自体が大きなストレスになります。

避けて通れない「感情移入」をどう取り扱うか

もう一つ、避けて通れないのは「感情」です。
通訳者からよく聞かれる質問の一つに、「スピーカーが感情的になった場合、通訳者はその感情をどう表現するべきでしょうか」というものがあります。

答えは「冷静に通訳する」です。
スピーカーに憑依するように通訳している以上、その人の感情を100%遮断することは不可能です。
しかし、そこは割り切らなければなりません。
そもそも、怒り、苛立ち、悲しみ、緊張といった感情は、言葉がわからなくても、表情や声のトーンなどからじゅうぶん伝わるものです。
スピーカーがエキサイトしたからといって、通訳者まで一緒にエキサイトしてしまってはいけません。

内容は正確に伝える。
しかし、感情を必要以上に取り込まず、かつ、それを増幅して表現しない。
冷静に、自分の立場である通訳に集中することが肝です。
「憑依する。しかし、憑依しきってはいけない」のです。

誰につくかで、仕事の充実度は変わる

こう考えると、通訳という職業は特殊です。
通訳という仕事の充実度は、自分のパフォーマンスだけで完結しません。

例えば、「あまり良い通訳ができなかった」と自分が感じていても、会議そのものが充実し参加者が満足して終わった場合、自分も達成感を得られることがあります。
この会議に自分も少しは貢献できた、という気持ちになれるのです。
逆に、自分のパフォーマンスがどれだけ良くても、会議そのものの生産性が低ければ達成感を得られないこともあります。

「誰について通訳するのか」に大きく左右されるため、運次第でもあります。
最高の学びの場になることもあれば、極めて消耗する場にもなり得ます。

誰に「憑依」することになるのかは選べません。
ただ、その偶然によって、普段であれば到底一緒に仕事をすることのできない、超一流のプロフェッショナルの思考や仕事ぶりを疑似体験するチャンスに恵まれることがあります。
それは、通訳という職業ならではの醍醐味だと思います。

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この記事を書いた人

INTERP合同会社代表。株式会社 S.H.C. Collaborationグローバル教育社外顧問。
横浜市と米国ダラスで幼少期を過ごし、現在はマルタ共和国を拠点に日本法人の経営を行う。
2011年より通訳者として活動を開始し、エネルギー、発電、国際イベントなど幅広い分野で実務経験を積む。現在は海外ビジネスの円滑化を目的に、通訳サービスの提供に加え、国際イベント支援や人材育成、情報発信にも取り組んでいる。

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