通訳者に高学歴が多いのは本当か?ー能力と構造から考えるー

34.通訳者に高学歴が多いのは本当か?ー能力と構造から考えるー

通訳者には、高学歴の方が多いと一般的に言われています。
弊社は、これまで500人を超える通訳の方達と面談を重ねてきましたが、肌感覚としても概ね正しいと感じます。
フリーランスの通訳者には、いわゆる一流大学を出た方が多い傾向があります。
また、証券会社や銀行など、エリート職種である金融業界から転身された方も多い印象です。

なぜこのような傾向が見られるのかでしょうか?
本記事では、「能力」と「職業構造」の2つの視点から考察してみたいと思います。

この記事の目次

1. 能力的な要因

1-1 脳の「基礎体力」の高さ

通訳の業務は、極めてインテリジェンスな仕事です。
仕事道具は自分の頭脳と、口と耳だけです。
ビジネスにおいて資本といえば、有形・無形さまざまな形がありますが、通訳者の場合、頼れるのは自らの知的資本のみです。

通訳という業務は、いわば「脳みその無酸素運動」と言えるでしょう。
話し手の発言を聞き取り、一定時間保持し、理解し、整理し、それを別の言語で訳出する。
これは脳に過大な負荷がかかる作業です。
通訳を経験したことがある方であれば、誰しも、自分の脳の「容量」を実感したことがあるでしょう。
パソコンやスマホのCPUと同じ原理で、「もうこれ以上の情報が与えられると処理しきれない!」という感覚は、通訳者が日常的に経験するものです。

高学歴の方たちは、子どもの頃から多くの勉強を積み重ねてきた人たちです。
脳の基礎体力が高いことは、通訳者として重要な要素の一つであると言えます。

1-2 旺盛な「知的好奇心」

通訳という仕事は、毎日が勉強です。
語学力の向上のみならず、通訳内容に関連する専門知識の習得が日々欠かせません。
語学がいくらできても、話の内容を理解できなければ、正確な通訳はできないからです。

通訳者は日々新しい現場に出向き、その都度、必要な知識を予習する必要があります。
そのため、一つの分野に深く没頭するというよりも、浅く広い知識が求められます。
その意味では、継続的な長期学習というよりも、「一夜漬け」の連続とも言えるでしょう。
自分がまったく興味を持てない分野の知識を、頭に叩き込まなければならないことも少なくありません。

常に新しいことを学ぶ貪欲な姿勢があり、それに喜びを感じられる人でなければ、通訳という仕事を長く続けるのは難しいでしょう。

1-3 豊富な「読書量」

通訳の方々とお話をすると、皆さん、よく本を読まれている方が多いという印象を受けます。

通訳者は言語のプロフェッショナルです。
日本語・外国語ともに語彙・表現が豊かであることが求められます。
引き出しが多ければ多いほど、話し手の真意に最も近い表現を、コンマ秒単位で的確に選択することが可能となります。
豊かな言語表現のベースとなるのは、やはりどれだけ本を読んでいるかという点が大きな指標となるでしょう。
本は言語の世界そのものです。
言語の世界に生きる通訳者にとって、読書は切っても切れない存在だと言えます。

2. 職業構造的な要因

一方で、能力的な要因だけでは説明しきれない側面も存在します。

2-1 参入コストの高さ

見逃せないのは、通訳という職業の参入コストの高さです。

高度な語学力を身につけるには、長い学習期間が必要とされるだけでなく、国際的な環境が身の回りにあることも大きな要素です。
こうした人生経験や教育機会は、経済的・時間的に恵まれた環境と無縁ではありません。

また、通訳というキャリアそのものにも障壁があります。
正社員のポストは極めて限定的で、多くの通訳者は派遣社員またはフリーランスとしてキャリアを構築していきます。
安定した収入を確保できる保証はなく、軌道に乗るまでに年数を要することも少なくありません。
その経済的不安定さを引き受けられるだけの余裕や後ろ盾があるかどうかも、要素のひとつです。

2-2 通訳者が身を置く「意思決定の現場」

通訳者が活動する現場は、日常会話ではなく、極めて専門性が高い、高度な議論が交わされる場面です。
例を挙げると、外資系企業、国内大手企業、官公庁などです。
それに伴(ともな)って、通訳の対象となるのも、役員や管理職クラスなど、組織の意思決定を担うポジションにある方々であることが少なくありません。
通訳者は、常にそうしたレベルの人たちが交わす議論の中に身を置くことになります。

高学歴層は、これまでの教育や職業経験の中で、抽象性・専門性の高い議論に触れてきた経験を持つ場合が多い。
そのため、文化的・心理的な距離が比較的近い場合があります。
この点も、能力の優劣というよりも構造的な要因であり、自分が育ってきた環境との相性の問題と言えるのではないでしょうか。

「高学歴=優秀な通訳者」とは限らない

以上、通訳者に高学歴が多いと考えられる理由を、「能力面」および「職業構造面」の2つの視点から考察しました。
誤解していただきたくないのは、優秀な通訳者になるために学歴が必須だという意味では決してない、ということです。
高学歴でなくとも、優秀な通訳者は数多くいらっしゃいます。

通訳者に求められる、脳の基礎体力、知的好奇心、日々の学習、大量の読書、国際的な環境、意思決定の現場との距離感。
これらが、日本の受験戦争を勝ち抜いてきた高学歴の方々のバックグラウンドと合致しやすい。
その結果として、このような傾向が見られるのではないかと考えられます。

通訳は完全な実力社会

通訳という職業は、完全な実力社会です。
クライアントからのフィードバックが、次の仕事につながるか否か、ダイレクトに影響します。
肩書きや学歴、資格などで仕事が保証されるものではなく、実際の現場で求められるのはパフォーマンスのみです。
高学歴との親和性が高いというのは、あくまで通訳という職業の特性を考えたときの相性にすぎません。

通訳という職業は、厳しくもありますが、同時に極めてフェアな世界です。
その透明性と潔(いさぎよ)さが、この仕事の本質的な魅力のひとつなのでしょう。

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この記事を書いた人

INTERP合同会社代表。株式会社 S.H.C. Collaborationグローバル教育社外顧問。
横浜市と米国ダラスで幼少期を過ごし、現在はマルタ共和国を拠点に日本法人の経営を行う。
2011年より通訳者として活動を開始し、エネルギー、発電、国際イベントなど幅広い分野で実務経験を積む。現在は海外ビジネスの円滑化を目的に、通訳サービスの提供に加え、国際イベント支援や人材育成、情報発信にも取り組んでいる。

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